星のすみか
久方ぶりに父から連絡が来た。実家から出る旨が書かれてあった。実家には祖父母と、祖母の弟が引っ越してきて住むことになる(かもしれない)ため、一度荷物を整理しに来いということだった。
僕が物心ついた時から父は祖父母の文句ばかり言っていたように思う。家を出た後も実家に帰るたびに同じ話をしていたし、お互いにスマホを手にしてからはLINEでまで愚痴を吐くようになった(うんざりしたので後者はブロックしてしまった。解除したのはつい最近である)。
にも関わらず、父は家を出ようとはしなかった。口ではしょっちゅうそんなことを言っていたが、具体的な計画にはならなかった。大学に上がって距離を空けてから、要は口先だけで本気ではないのだと考えるようになり、社会人になってからは結局金銭的なメリットには勝てないのだろうと考えるようになった。
その父が家を出るのだという。ようやくか、という気持ちと、また家が無くなってしまったな、という気持ちが同時に押し寄せてきた。
後者についてはちょっと意外だったのだが、どうもこれは「他人(祖母の弟なる人物には一度も会ったことがない)が家に住む」ということに起因しているように思う。他人が住んでいたらそこは他人の家だろう。退去した賃貸に新しい住民が入れば、それは新しい住民の部屋である。
僕の場合、下宿やアパートはいずれ出ていく仮住まいとしての感が強い。何らかの理由で下宿を追われた時、なんの気兼ねもなく帰ることができると思える「家」は、これまでの人生で二つ存在した。
一つは実家。これは既に述べた通り。
もう一つは母方の祖父母が住んでいた家だ。長期休みになるたびに訪れて寝泊まりしていた。洒落た階段と完全防音の洋間、ジャングルじみた庭のある素敵な家だった。祖父が隠れた後、祖母の判断によって取り壊され、今はもうどこにもない。
その時にも母や妹(どちらも既に実家を出る肚を決めていた)と「家が無くなっちゃったね」という話をしたことを覚えている。
祖母は今、その二人と一緒にアパートを借りて住んでいる。おそらくは、そこが終の住処になるのだろう(その場合は事故物件として記録されるのだろうか。そう思うとなんとなく不愉快になる)。
父は新居の購入を考えているのだという。実現すれば、そこで死ぬことになるだろう。
母はわからない。祖母が隠れた後も、今のアパートに住み続けるとは思えない。
妹は一人暮らしの準備を始めている。
僕はどうかと考えると、やはりわからない。今後の人生でまた「家」と思える場所を見つけて、そこで死ぬことができるだろうか? とりあえず今の生活の延長線上に、「家」の発見はないように思う。
久しぶりに藍坊主の『星のすみか』を聞いた。曲中の主体は時が過ぎて自分が死んで化石になった後のことを歌っており、聞いているうちに少しずつ落ち着いてきた(嘘。それだけでは落ち着かなかったので、半年以上ぶりにブログを更新した)。
今年のお盆は実家に帰る。他人にいじられないうちに、ハンターハンターの単行本だけは回収してこなければならない。
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