推しやる夫スレ紹介 ◆XHF82e6mgU氏①

2021年7月8日

 よし。今日は前回に引き続き、やる夫スレを紹介していきたいと思う。

昨日は主にやる夫とやらない夫の関係性が感じられるスレ及び、翠星石がいい感じに活躍するスレを紹介したので、今回は切り口を変えて、作者から作品を紹介していきたい。

 有名どころを複数紹介するのも悪くないが、あまり話があっちこっち行っても良くないので一人に絞る。今回は◆XHF82e6mgU氏(以下敬称略)を特に紹介したい。

トリップについて

 本題に入る前に少し解説する必要があるかもしれない。このグチャグチャっとした名前はハンドルネームではなくて、5ちゃんねるを始めとする掲示板で使われる個人を識別するための文字列だ。「一人用キャップ」を略してトリップ、これを更に略して「鳥」と呼ばれたりもする。

 掲示板は特に匿名性が高いメディアだ。掲示板で、ある程度長期間の連載を持つやる夫スレやSSの作者は、なりすましやスレの乗っ取りを防ぐためにも個人を証明する手段が必要になる。

 トリップはトリップキーと呼ばれる暗号(作者本人が決めることができる)を名前欄に打ち込むことで、投稿時の名前欄に表示することができる。トリップキーをうっかり漏らしたりしない限り、作者のトリップを使用する投稿者=作者であることを証明できるのだ。

 ということで、やる夫スレの作者はハンドルネームではなくトリップで呼ばれることが多い。ハンドルネームを使っている場合はハンドルネーム+トリップで呼ばれる。

作風

 ◆XHF82e6mgU氏は2013年から2017年ごろまで活動していたやる夫スレ作者である(2019年、雑談スレに引退宣言が投下された)。現在はpixivに活動の場を移し、主にラブライブの二次創作小説を投稿している。

 ここからは僕の所感なので、そのつもりで。

 非常に普遍的な人間の物語を描く方だ。

SF、ファンタジー、スタンド等がエッセンスとして取り入れられていることも多いが、登場人物が直面するのはいつも、誰にでも起こりうる人生の問題である。片方の選択肢を“切り捨てる”側面の強い選択や、過ぎてしまったことに関する後悔、それぞれの人生を尊重する限りは抜け出すことのできないスタック。

のちに紹介する『アスキィの奇妙な知事選挙』中の言葉を借りれば、より自然な「人間関係の励起状態」である、人々の様々な衝突が、(恐ろしいことに!)高いエンターテイメント性を持って描かれる。

 また、◆XHF82e6mgUについて語る上で外せないのが言葉のセンスだろう。作中のセリフやモノローグはどれも平易でわかりやすく区切られているが、ストーリーに対して無駄がなく、キャラクター性にブレがない。これらのセリフが要所要所で強い印象を残し、物語を彩る。

 結果として、作品は密度が高く、骨太なテーマを持った娯楽作として完成される。やる夫スレ、いやインターネット広しといえども、ここまでの作品をコンスタントに(!)発表できる作者はほとんどいないだろう。

作品紹介

 褒め殺しはここまでにして、作品を紹介していきたい。

アスキィの奇妙な知事選挙

『アスキィの奇妙な知事選挙』より。クリックでやる夫たちのいる日常様の記事へ飛びます。画像は同サイト様に依りました。

 最初に紹介するのは、先述した『アスキィの奇妙な知事選挙』だ。奇妙な、という通り、スタンドが登場するジョジョスレである。

 舞台はどこかの国のどこかの街「アスキィ」だ。長い戦争を終えたばかりのこの街は軍の占領統治下にあり、いまだ復興途上にある。貧富の差は大きく、治安も悪い。物語は、そんなアスキィの知事が暗殺されたところから幕を開ける。

 が、やる夫は全然そんな政治とは関係なく、先の見えない路上生活を送っていた……。

 これは圧倒的な群像劇だ。知事の暗殺によって混乱を極めるアスキィを舞台に、路上生活者、探偵、軍人、テロリスト、殺人鬼、革命家、孤児、飲んだくれ、暗殺者、ミュージシャン、コールガール、医者、警官、女学生がはちゃめちゃに入り乱れ、いくつものエピソードを描き出す。それはエモーショナルな恋物語であったり、街全体を巻き込んだ復讐劇であったり、やるせない別離だったりする。

『アスキィの奇妙な知事選挙』はジョジョを原作としているが「ジョジョっぽさ」を追求するスレではない。だが、異色な雰囲気を出しながら間違いなく王道を進む姿は、確かにジョジョと共通している。

 このスレの設定的な特徴の一つは、スタンド名の付け方だ。ジョジョ原作では洋楽の名前がスタンド名に用いられるが、このスレでは小説の名前がスタンドになっている。アイキャッチに挿入されるスタンドの元ネタ紹介もこのスレの大きな魅力になっている。

LAヴァイスは日本語訳のタイトル。現代はInherent Viceで、スタンド名もインヒアレント・ヴァイスに設定されている。
スタンド能力は「目を合わせるまたは射程内に入った人間の体のコントロールを奪う」。作中では地味な部類だが、キル数を稼いだ。
プランク・ダイヴ。短編集の中の一編。
これも面白い話だが、この集の中では『暗黒整数』が個人的にはお気に入り。
ナンバー9ドリーム。
スタンド能力は「8回まで夢を現実に変え、9回目の発動でその夢を全部なかったことにする」という強力なものだったが……

 ポストモダン文学中心の元ネタ小説たちが、スレの世界観に影響を与えていることがわかる。スタンドの元ネタについての解説は、埋めネタとして投下された分もあるので、是非チェックしてみて欲しい。きっと新たな書物の扉を開くことができるはずだ。

 こちゃこちゃと語ったが、もちろん諸々の知識がなくとも『アスキィの奇妙な知事選挙』は楽しめる。とにかく完成度の高い作品なので、とりあえず読んでみて、ストーリーに翻弄される感じを楽しんでみて欲しい。

 と、いったところで今回はここまで。紹介したい作品はまだまだあるが、それは明日の記事で紹介したいと思う。そこで収まらなければ、明後日の記事で。

 それでは一旦、おやすみなさい。