推しやる夫スレの話 ◆XHF82e6mgU氏②
よし。昨日の記事に引き続き、◆XHF82e6mgU氏の作品について紹介していきたい。
作品紹介(承前)
AA歌物語

二つ目に紹介するのがこれ。現代を舞台にしたオリジナルスレで、短歌をモチーフにしたかなりアバンギャルドな作品である。
歌物語というのは、平安時代前期に多く書かれた、和歌にまつわる物語文学の総称だ。多くは「これこれこういうことがあり、誰それはこうした和歌を詠んだ」という短いエピソードで、今でも古文の授業や受験問題でしばしば取り上げられている。
歌物語に限らず、古文の世界の人々はしばしば歌を詠む。『十訓抄』に収録されている「大江山」では、定頼中納言にからかわれた小式部内侍が当意即妙に歌を詠んで、中納言をぎゃふんと言わせているし……とにかく、ぎゃふんと言わせている。
本作はそうした「誰もが心情を短歌に託す世界」が現代まで引き継がれた架空の日本を舞台にしている。登場人物たちは様々な感情を瑞々しく歌に詠みあげながら、普通の日常生活を送っていく。
このスレの魅力は、◆XHF82e6mgU節の効いた物語にバッチリ噛み合った歌の存在だ。登場人物たちが詠むのは現代語を使い、あまり短歌の定型(五七五七七)に囚われすぎない「現代短歌」に分類される歌である。その一部を紹介しよう。
歌に詠まれるものといえば、平安時代の昔から恋心と決まっている。本作にも甘かったり苦かったりする恋心を詠んだ歌が多く登場する。



が、もちろん人の心は恋心ではない。童貞にだって叫びたいものがある。

こっちは酒の歌。

この後ハクさんはやらない夫に返歌をねだる。未成年に酒の歌をねだるな。
酒の歌に対する返歌。

登場人物はそれぞれの背景に則った歌を詠む。完全にキャラごとに作風が使い分けられているのだが、脳味噌のどの部分を使えばそんなことができるのかちょっと想像できない。ストーリーと歌のどっちが先に作られているのだろうか……。
実際、歌とストーリーの両立はかなり負担が大きかったらしく、2013年11月にに連載が始まった本作は一年ほどでエターとなった。残念!
ちなみに、このスレでは番外編として、現代短歌作家の首評も行われている。ここで紹介される作家の中には2021年現在も若々しい感性を持って活躍している方も多い。本作を読んで現代短歌の世界に興味が湧いたら、実在作家の句集を買ってみるのも良いだろう。新たな文学の扉を開くことができることができるかも知れない。
個人的には、永井祐の『日本の中でたのしく暮らす』がお気に入り。それなりの日々を楽しく生きていくためのパワーが詰まった句集になっている。

神隠し前夜

次に紹介するのは、こちらの作品。十歳の少年できる夫が沖縄の離島で過ごす一夏を描いた物語である。

できる夫が両親(誠、ほむら)に連れられて島にやってきたところから物語は始まる。誠とほむらの中はすっかり冷え切っており、すでに離婚が決まっている。できる夫は、両親共通の知り合いである阿部さんの家に預けられ、夏休みの間に両親のどちらについていくかを決めなければならないのだった。

島での生活の中で、できる夫は様々な人間と出会う。阿部さんの家で暮らす女性:水銀燈とその娘のニャル子(改めて文にすると何言ってんだ、という感じだが、この親子関係が違和感なく、大真面目に展開されるのがやる夫スレだ)、心霊カメラマンの富竹、なんちゃって自殺未遂を繰り返す絶望先生、民俗学を専攻する大学院生の射命丸……彼らは皆、それぞれに自分の物語を持っている。


個人的には一番好きです。

このスレの主題は「物語」そのものだ。できる夫とニャル子が自由研究として行う島の神隠し伝説・事件についての調査、両親たちが過ごした若者としての時間、島の人々の人生。できる夫は自由研究を通じて多くの物語を自覚・無自覚に集めながら、自身の家族全員が幸せになるための選択を模索していく。
この作品のすごいところは、物語についての突き放した視線だ。
作中でできる夫が聞く物語は、できる夫にとっては(両親のものですら)関係がない。しかし、それぞれのエピソードはそれぞれにとって重要なもので、それが“ある”ということができる夫にとっても非常に重要なことになっていく。
やがて「神隠し前夜」へ至る少年少女と、それを取り巻く物語の数々。できる夫とニャル子は自由研究の果てに、自分たちにとっての「物語」についての答えを出す。それがどのようなものなのかは、是非ご自身の目で確かめてみて欲しい。非常に良質のジュヴナイル作品だ。

今日は短編の話と氏がピクシブでやっている小説の話もしようと思ったのだが、正直力尽きてきたのでそれはまた次回に回すことにする。
それでは皆さん、一旦お疲れ様でした。
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